2008年05月07日

三溪園

みなさんこんばんは!!

本日は、三溪園の紹介です。 

★三溪園について、三溪園は生糸貿易により財を成した実業家

原 三溪によって、1906年(明治39)5月1日に公開されました。

175,000m2に及ぶ園内には京都鎌倉などから移築された歴史的に

価値の高い建造物が巧みに配置されています。

(現在、重要文化財10棟・横浜市指定有形文化財3棟)

東京湾を望む横浜の東南部・本牧に広がる広大な土地は、

三溪の手により1902年(明治35)から造成が始められ、

1908年(明治41)に外苑、1923年(大正12)に内苑が完成するに

至りました。三溪が存命中は、新進芸術家の育成と支援の場ともなり、

前田青邨の「御輿振り」、横山大観の「柳蔭」、

下村観山の「弱法師」など近代日本画を代表する多くの作品が園内で

生まれました。その後、戦災により大きな被害をうけ、

1953年(昭和28年)、原家から横浜市に譲渡・寄贈されるのを機に、

財団法人三溪園保勝会が設立され、復旧工事を実施し現在に至ります。

★原 三溪について

原 三溪(本名富太郎)(1868年(慶応4)-1939年(昭和14))

岐阜県厚見群佐波村(現在の岐阜県柳津町)で代々に渡り、

庄屋をつとめた青木家の長男として生まれました。幼少の頃から絵、

漢学、詩文を学び、1885年(明治18)東京専門学校

(現在の早稲田大学)に入学、政治・法律を学びました。

1888年(明治21)に跡見女学校の助教授になり、1892年(明治25)に、

教え子であった原善三郎の孫娘、屋寿と結婚し、原家に入籍。

原家の家業を継ぐと、個人商社を合名会社へと改組、

生糸輸出を始めるなどの経営の近代化と国際化に力を入れ、

実業家として成功を収めました。実業家以外にも様々な面を

持ちあわせた三溪は、住まいを本牧・三之谷へ移すと古建築の

移築を開始し、1906年(明治39)三溪園を無料にて開園するほか、

近代日本画家の支援・育成を行いました。1923年(大正12)

の関東大震災後は、横浜市復興会長に就任し、

それまでの美術品収集、作家支援を止め荒廃した横浜の復興に力を

注ぎました。三溪自身も書画をたしなみ、その作品の一部は、

園内の三溪記念館内に収蔵されています。

★催し物のご案内

鶴翔閣内部公開  1月1日〜3日

盆栽展      1月中旬

観梅会      2月上旬〜3月上旬

俳句展      3月中旬〜4月下旬

観桜の夕べ    3月下旬〜4月上旬

新緑の遊歩道と重要文化財 聴秋閣・春草廬公開 4月上旬〜5月上旬

さくらそう展   4月中旬〜下旬

さつき展 開催時期5月下旬〜6月上旬

蛍の夕べ     6月上旬

早朝観蓮会    7月下旬〜8月上旬 土・日曜日限定

朝顔展      7月下旬

臨春閣・白雲邸・鶴翔閣 内部公開 8月中旬

観月会      十五夜を含めた5日間

フォトコンテスト入賞作品展 10月上旬〜12月上旬

■三溪園大茶会 隔年開催 次回開催2008年10月24日・25日

菊花展      10月下旬〜11月下旬

紅葉の遊歩道と 重要文化財 聴秋閣・春草廬公開                 11月下旬〜12月上旬


以上、公式サイトはこちら↓

http://www.sankeien.or.jp/index.html

  


posted by こやじ at 21:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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